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こんにちは、「くふうロコ仙台」編集部です。

杜の都・仙台の街に、巨大な「六芒星(ろくぼうせい)」が隠されているという、不思議な噂があるのをご存じでしょうか?

実は、仙台城跡をはじめとする、主要な6つの神社仏閣を地図上で結ぶと、きれいな正三角形を2つ重ねた「六芒星」の形が浮かび上がってくるんです。

これは単なる偶然なのか、それとも独眼竜・伊達政宗公が400年後の未来まで街を守るために施した「最強の結界」なのか……。

今回は、そんなスピリチュアルで歴史ロマンあふれる「仙台六芒星」の謎と、街歩きが楽しくなるパワースポットをご紹介します!

仙台の都市伝説、「仙台六芒星(ろくぼうせい)」って知ってる?

「仙台六芒星」は、仙台にまつわる有名な都市伝説の一つです。

地図上で、仙台城(青葉城跡)を中心に、大崎八幡宮、青葉神社、仙台東照宮、榴岡(つつじがおか)天満宮、愛宕神社の5つの神社を結ぶと、見事な「六芒星」が現れることが、その由来とされています。

この配置は、政宗公が町を守護するために意図して作らせたという説があり、驚くことに仙台城下の主要道路も、この六芒星の傾きに合わせて、少し左に傾いているのだとか。

政宗公のトレードマークである「三日月の前立」が「陰」を象徴しており、それに合わせて街の中に「陰の六芒星」を置いたという説も。

知れば知るほど、不思議なミステリーが秘められています。

六芒星とは何?意味とスピリチュアルな象徴

魔除けのシンボル

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六芒星は、2つの正三角形を上下に重ね合わせた星形の図形です。

英語では「ヘキサグラム(Hexagram)」と呼ばれていて、どこから見ても対称的な形には美しさが感じられます。

実はこの形、「陰と陽」や「火と水」といった、相反するものが調和する象徴とも言われているんです。

西洋では「ダビデの星(Star of David)」として、古くから魔術的なシンボルや、身を守るための護符として、建物や道具に刻まれてきました。

現代でも、魔除けとしてアクセサリーやインテリアに取り入れる方が多い、時代を超えて愛されるデザインなんですよ。

日本の六芒星?「籠目紋(かごめもん)」との関係

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日本で六芒星のデザインといえば、「籠目紋(かごめもん)」が有名です。

名前の通り、竹で編んだ籠の網目が由来となっています。

竹籠を編むときに現れる六角形の隙間をよく見ると、まさに六芒星の形をしていますよね!

この籠目には「鬼が嫌う」という言い伝えがあり、邪悪なものを封じる力が宿っていると信じられてきました。

そのため、日本各地の神社の灯籠や家紋、さらにはお守りのデザインとしても、大切に使われてきた歴史があります。

ちなみに、西洋で信仰されてきた「ダビデの星」と形が似ていますが、籠目紋は、日本独自の文化として育まれてきた伝統的な文様です。

五芒星との違いは?

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西洋では「五芒星(ペンタグラム)」も、魔除けのマークとして使われています。

日本においても、五芒星は「晴明桔梗(せいめいききょう)」と呼ばれ、平安時代から強力な魔除けの印として使われてきました。

名前の由来は、平安時代に活躍した伝説の陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明。

彼は占いや天文学だけでなく、呪術の天才でもあったといわれています。

この印の5つの角は、自然界の基本原理である「五行」を表しており、形が桔梗の花に似ていることから、その名が付けられたそうです。

陰陽道では、五芒星(五角星)が「陽」の象徴、六芒星が「陰」の星とされ、いずれも霊的な守りに用いられてきました。

地球の反対側にある日本とヨーロッパで、全く同じ星形のマークが生み出され、しかも両方とも「魔除け」として使われていたなんて、とってもロマンが感じられますね♪

伊達政宗と仙台の街づくりに隠された秘密

徳川家康公が鬼門を守る?

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日本では昔から、北東は、災難がやってくる「鬼門(きもん)」がある方角として恐れられてきました。

政宗公が、仙台の城下町を作る際に参考にした京都においては、比叡山延暦寺がその守護を担ったように、仙台では北東の位置に「仙台東照宮」が配置されています 。

ここで面白いのが、仙台東照宮には徳川家康公が祀られているということ!

鬼門の番を家康公に担わせるという配置は、もしバレてしまったら徳川幕府から激しい怒りを買いかねない大胆な計画でした。

「仙台六芒星」は政宗コード?

幕府の目を欺くため、政宗公は巧妙な仕掛けを施したと考えられています。

当時の伊達藩が、幕府に提出した絵図によると、仙台城の鬼門には定禅寺(じょうぜんじ)を中心とするお寺や神社が並んでいたそうです。

さらに、定禅寺を六芒星の中心となる場所からずらして描いており、パッと見ただけでは、その背後に建設される予定の仙台東照宮が「鬼門封じ」の役割を担っていることが、わかりづらくなっていたのだそうです。

さらに、主要な神社の建立を、政宗公から二代藩主・忠宗公まで親子二代にわたって行うことで、その壮大な計画を悟られないようにしたといわれています。

この説が本当だとしたら、「ダヴィンチ・コード」ならぬ「政宗コード」のような面白い歴史ミステリーですよね!

「仙台六芒星」を形作る6つのパワースポット

【青葉神社】政宗公を祀る北の守護

青葉神社.jpeg 引用:青葉神社公式サイト

仙台六芒星の北の頂点には、青葉神社があります。

仙台一の繁華街である国分町を、まっすぐ北へ進んだ突き当たりに位置するこちらの神社は、仙台の街づくりの際に最初に場所が決められたといわれる「東昌寺(とうしょうじ)」の境内に建てられました 。

神社の周辺は「北山五山」とも呼ばれ、伊達家ゆかりの禅寺が集まる、静かで厳かなエリアです 。

青葉神社にお祀りされている政宗公には、大きく分けて3つの素晴らしい「御神徳」があるといわれています 。

1つ目は、新田開発や治水工事を行い、民衆の生活を豊かにした「統治者としての英明さ」 。

2つ目は、茶の湯や連歌をたしなむ文化人として、華やかな伊達文化の礎を築いた「文化人としての深い教養」。

3つ目は、困っている領民を救うための政策を行い、多くの尊敬を集めた「人々への思いやり」です。

ただ強いだけでなく、優しさと知性を兼ね備えた政宗公だからこそ、今でも多くのファンに愛されているんです。

ぜひ、静かな北山の空気を感じに訪れてみてくださいね♪

【大崎八幡宮】国家重要文化財の仙台守護神社

大崎八幡宮 (1).jpg 引用:大崎八幡宮公式Instagram

仙台六芒星の、北西の頂点を守るのは「大崎八幡宮」です。

大崎八幡宮の歴史はとても古く、平安時代に坂上田村麻呂が武運長久を祈って、岩手県に創祀したのが始まりといわれています。

その後、室町時代に奥州探題の大崎氏が自領へ遷したことから、「大崎八幡宮」の名で呼ばれるようになりました。

大崎氏の滅亡後に、その御神体を大切に受け継いだのが伊達政宗公です。

仙台開府にあたって現在の地に祀られ、代々の藩主からも深い尊崇を受けてきました。

古くから厄除け・除災招福・必勝・安産のご利益があるとされ、仙台城下の人々の心のよりどころとなっていました。

さらに、仙台独特の「卦体神(けたいがみ)」という十二支を守る風習では、北西(乾)の方角を司る「戌(いぬ)・亥(い)」年生まれの守護神としても知られています 。

戌年・亥年の方はもちろん、新しいことに挑戦する時の必勝祈願にもぴったりの神社です!

【仙台東照宮】鬼門を護る、徳川ゆかりの社

仙台東照宮 (1).jpg 引用:仙台東照宮公式Instagram

鬼門を護る北東の頂点には「仙台東照宮」があります。

仙台東照宮は、1654年(承応3年)に仙台藩二代藩主・伊達忠宗公によって創建されました。

先代の政宗公が亡くなった後、仙台藩は大火や大洪水などの困難に見舞われましたが、幕府からの手厚い援助によって、その危機を乗り越えることができたそうです。

忠宗公は、徳川家への深い感謝と尊崇のしるしとして、この東照宮を建てたといわれています。

この場所は、伊達政宗公の案内で、徳川家康公が休息したといわれる、ゆかりの地でもあるそうです。

開運厄除や必勝祈願、学業成就などのご利益をもつ家康公を、街を災いから守るための強力な守護神とするために、この地が選ばれたのかもしれませんね。

【榴岡(つつじがおか)天満宮】学問の神と、結界の東端

榴岡天満宮.jpg 引用:榴岡天満宮公式Instagram

仙台六芒星の東の頂点に置かれた「榴岡天満宮」は、平安時代の974年に京都で創設された歴史ある神社です。

その後、福島県や宮城県内での遷座を経て、1667年に三代藩主・伊達綱宗公により、現在の榴ヶ岡に移されました。

もともとは、仙台東照宮がある場所に建てられていましたが、 仙台東照宮の造営にともなって、現在の榴岡へと移設されたのだそうです。

ここもまた、仙台城から見て大切な方位に位置しており、街を守る重要な拠点としての役割を担い続けています。

学問の神様である「菅原道真公(天満大自在天神)」を祀っており、学業上達や合格成就はもちろん、多くの子宝に恵まれたことから、児童守護の神様としても厚い信仰を集めています。

境内は、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で訪れた名勝地となっており、2016年には文化庁が認定する「日本遺産」にも登録されました。

【愛宕(あたご)神社】城下南方を見守る、火伏せの神

愛宕神社.jpg 引用:愛宕神社公式HP

仙台六芒星の南の頂点には「愛宕神社」があります。

社殿は愛宕山の山頂にあり、境内から仙台の市街地や広瀬川を一望できるパワースポットとなっています。

主祭神として火の神「軻遇土神(かぐつちのかみ)」を祀っており、伊達政宗公が仙台の街をつくる際に、火事から城下を守るために、この場所に神社を配置したのだそうです。

政宗公が、移封のたびに共に遷座させるほど、篤く信頼した神社。

片倉小十郎景綱の息子・重綱が、兜の前立にその護符を差し挟んで出陣したという勇猛な逸話も残っています。

「火防守護」のほかにも「辰巳歳生一代守護」のご利益があり、辰年と巳年生まれの人には、特に参拝をおすすめしたい神社です。

【仙台城跡(青葉城址)】六芒星の起点となる地

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仙台六芒星の起点である、南西の頂点には、「仙台城(青葉城)」が鎮座しています。

初代藩主・伊達政宗公によって1600年(慶長5年)から築城が始まり、東は断崖、南は渓谷という険しい自然の地形を活かした「守りに強く、攻めにくい」山城が完成しました。

当初は山頂の本丸が中心でしたが、二代藩主・忠宗公の時代に、麓へ「二の丸」が造営され、幕末まで藩政の拠点として栄えました。

仙台城の築城と同時に、広瀬川の東側には城下町の建設も進められました。

奥州街道などを基軸に、武士や町人が暮らす活気ある街並みが整備され、今の仙台市の基礎が作られたのです。

ある説によると、仙台城が建てられた青葉山は、東西南北の気が集まる地相といわれていて、お城自体が強力なパワースポットになっているのだそうです。

政宗公が率いる軍は、合戦において勝率が高く、この地に築かれた仙台の街が東北一の商都として発展したことから、パワースポットとしての仙台城には、「勝負運」や「商売繁盛」のご利益があるといわれています。

「仙台六芒星」伝説のスピリチュアルな噂

仙台の街に浮かび上がる六芒星は、政宗公が「魔除け」のパワーを込めて配置した結界であるといわれています。

400年以上経った今でも「六芒星の効果が生き続けていて、仙台の街を災害から守っているのでは」と信じている人もいるようです。

また、六芒星を十字に割ったラインが交差する中心部には、強力なエネルギーが集まっているという言い伝えも!

02.JPG photo by くふうロコ仙台編集部

仙台六芒星の中心は、ちょうど定禅寺通りと国分町通りの交差点にあたるといわれています。

確かにその周囲は、個性的なお店やおしゃれなお店が多く立ち並ぶ、繁華街として発展していて、活気に溢れているように見えますね、

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仙台にはほかにも、政宗公が城下の中心点と定めた「野中神社」や、仙台の福の神として親しまれる"仙台四郎"を祀る「三瀧山不動院」。

日本三稲荷の一つとされる「竹駒神社」など、商売繁盛にゆかりのあるスポットがたくさんあります!

六芒星のミステリーを巡りながら、こうした商売繁盛のパワーにもあやかることで、さらに運気がアップするかもしれませんね。

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歴史とスピリチュアルが交差する、不思議な街・仙台。

政宗公が込めた願いを想像しながら、六芒星の各スポットやパワースポットを訪ねて、そのエネルギーを肌で感じてみてくださいね!

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※この記事は2026年1月時点での情報を基に作成しています。
※施設・店舗情報は公式サイトおよびGoogleマップの情報を基に作成しています。

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